DTMを始めてみると、思っていた以上に大変です。
1曲作るだけでも
音作り、打ち込み、録音、編集、ミックス…。
気づけば何時間も触っているのに、完成までは全然届きません。
作りかけのプロジェクトだけが増えていって、
「自分には向いていないのかも」と感じたこともありました。
それでも続けていると、ふとした瞬間に
「DTMやっててよかったな」と思うことがあります。
今回は、そんな瞬間を3つ紹介します。
DTM初心者の方やDTMをやってみたいと思っている方の後押しになれば幸いです。
1. 自分の曲を「形として残せた」とき
私が作る曲には歌詞があります。
そのとき感じていた気持ちや、誰かに伝えたかったことを入れています。
ただ、頭の中にあるだけでは、それは残りません。
夜中にボーカルのピッチ修正をして、
書き出した音源を何度も聴き直して、
スネアの音が気に入らなくて差し替えて…。
地味な作業を何度も繰り返して、ようやく1曲が完成します。
完成した音源を再生したとき、
「あ、ちゃんと残ったな」と思う瞬間があります。
もし自分がいなくなったとしても、
誰かがその曲を好きでいてくれたら、
その中に込めた思いだけは残ります。
作る過程は正直楽しいことばかりではないです。
細かい作業ばかりで、思った以上に時間もかかります。
それでも、1曲完成するたびに
「ちゃんと形にできた」と感じられる。
その瞬間に、続けてきてよかったと思います。
2. 「曲を作ってほしい」と言われたとき
DTMを始めたら、ぜひ一度やってみてほしいことがあります。
それは、
最初の頃は、再生数もほとんど伸びません。
反応も少なく、「出す意味あるのかな」と思う時期もありました。
それでも、作ったものを少しずつ出していると、
あるときこんなことが起きます。
きっかけは意外なところから来ます。
上手くなってからではなく、続けていたから届いた、という感覚に近いです。
お金になることも、ならないこともあります。
でも「あなたの曲が必要」と言われる体験は、
数字とは違う種類の嬉しさがあります。
音楽を通して誰かとつながれたとき、
DTMをやっていてよかったなと感じます。
3. 昔の自分が、今の自分を励ましてくれたとき
これは続けていて少し驚いた体験でした。
あるとき、気持ちが落ちている時期がありました。
仕事も上手くいっておらず、趣味であるDTMすら作業が進まず、何をやっても手応えを感じられない時です。
そんな夜に、何気なく昔作った曲を流しました。
その曲は、誰かを応援するつもりで作ったものでした。
作っていた当時は、ただ完成させることに必死で、
特別な意味があるとは思っていませんでした。
でも聴いていると、
その歌詞やメロディが、自分に向けられているように感じました。
まるで、過去の自分が
「前を向け!」と言ってくれているような感覚でした。
自分で作った曲に、自分が救われる。
そんな瞬間があるとは思っていませんでした。
そのとき、続けてきてよかったと思いました。
まとめ
DTMは、すぐ結果が出る趣味ではありません。
続けていると、迷う時期もありますし、やめたくなることもあります。
ただ、続けていると少しあとになって、
そういう出来事が、少しずつ起きてきます。
もし今、続けるか迷っているなら、
まだ判断する時期ではないのかもしれません。
「よかったと思える瞬間」は、
少し遅れてやってくることが多いです。


コメント